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「スタッフのつぶやき」

2014年5月

函館のシンボル

投稿者: ナカタ

先週末、函館山登山に行ってきました!
わが家ではここ数年、春の恒例行事となっております。

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早朝であっても、登山道では多くの人とすれ違います。
ゆっくりと朝の散歩をしている人もいれば、ランニングで登っている人もいます。
天気の良い日であれば、40分くらいで気楽に登れる山なのです。

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今ではとても身近な函館山なのですが、明治の中頃に要塞地帯になったことで、
40数年間立ち入りを禁止されていました。
今でも要塞跡地として見学することができます。ちょっと不気味ですが・・・。

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ゆっくりと約1時間かけて頂上に到着。
恥ずかしながら、今までは疲労のため、帰り道はロープウェイを使っておりました。
今年は心地良い天気だったこともあり、下山も徒歩で頑張りました。

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函館のイメージとしては函館山からの夜景が多いのですが、
昼間の函館山もとても気持ちが良いですよ。
観光に来た際は是非どうぞ。

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e_keizu2014年5月28日3:04 PM

道南の史跡・穴場めぐり③-「ペリー提督来航記念碑」

投稿者: asai

道南の史跡や穴場を紹介したいと思います。

今回は「ペリー提督来航記念碑」です。
場所は函館市元町12-18 元町公園のすぐ下にあります。
箱館が開港したのは知っていてもペリーが来港していたことは、
函館の人も意外と知らないんじゃないでしょうか。
写真 1-1

マシュー・カルブレイス・ペリー(1794年4月10日–1858年3月4日)は、
アメリカ海軍東インド艦隊司令官。
フリゲート艦サスケハナ号を旗艦とした4隻の艦隊(黒船)を率い
嘉永6年(1853)浦賀に来港し、鎖国していたして日本へ開国を要求しました。
勝手に江戸湾の測量をしたり、アメリカ独立記念日に空砲を数十発撃ったり
しながら開国交渉を行います。
ちなみに初め交渉に当たったのは、浦賀奉行所与力の中島三郎助です。
※中島三郎助については「道南の史跡・穴場めぐり②」を見てください。

ペリーはアメリカ大統領親書を幕府へ渡すと「1年後に返事を聞きに来る」といい、
イギリス植民地である香港へ帰りますが、
その半年後の翌嘉永7年(1854)に再び浦賀に来航します。
1年後と考えていた幕府を慌てさせ、優位に交渉するのが目的だったといいます。
交渉の末、幕府は開国。日米和親条約を締結し、下田と箱館を開港しました。
同年、箱館へも5隻の黒船が入港し、港の測量や松前藩との交渉を行いました。

写真 3

箱館が開港したことで、早くから西洋文化の影響を受け、
現在、観光地として大いに役に立っているのはペリーのお陰なんでしょうね。


e_keizu2014年5月12日9:07 AM

久しぶりに作ってみました

投稿者: OZ

毎年の事ですが、インドア派の私は
今年のゴールデンウィークも家でダラダラと過ごしておりました

しかし、せっかくの連休何もしないのもどうかと思い
家でも出来る手芸を久しぶりにやろうと
材料を探したところ、以前編み物で使った毛糸の余りが
あったので、モチーフ編みでコースターを作ってみました

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最初に作ったのがこちらなのですが
コップをのせてみると

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ちょっと大きいかも
そこで一段減らして作ってみると

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うん。なかなかいいかも
せっかくなので主人の分と色違いで2つ作ってみました

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でも、よく考えてみると
季節は春、ぽかぽか陽気です
次はレース編みにしようかなと思いつつ
今年のゴールデンウィークは終わりました


e_keizu2014年5月7日5:32 PM