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「スタッフのつぶやき」

2014年6月

発見

投稿者: OZ

スーパーで懐かしいお菓子を見つけたので
つい買ってしまいました

ツインクルチョコレートです

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私が子供の頃にはあったので
かなりのロングセラー商品ですね

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チョコの中にはラムネなんかが入っていた記憶が…
早速割ってみると

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可愛らしいハートのホワイトチョコレートと
砂糖菓子のようなつぶつぶが入っていました

おまけでシールも付いて来ました

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たまには童心に帰って、懐かしいお菓子を買ってみるのも
良いものですね


e_keizu2014年6月17日1:38 PM

道南の史跡・穴場めぐり④-「高田屋嘉兵衛」

投稿者: asai

道南の史跡や穴場を紹介したいと思います。

今回は「高田屋嘉兵衛」です。
銅像があるのは、函館山の麓、宝来町と末広町の境界にあたる
高田屋通りの緑地帯の中です。

写真 1

天気が悪かったため、写真が暗くなってしまいました。すみません。
台座も合わせると、思ったよりもかなり大きな銅像でした。
僕の見立てでは10mくらいあるように思います。

案内板を見てみると、
「この銅像は、嘉兵衛の功績を称えるとともに、箱館開港100年を記念して
昭和33(1958)年に建てられた。制作者は函館出身の彫刻家、梁川剛一である。
嘉兵衛は明和6(1769)年に淡路島に生まれ、28歳の時に函館に渡った。
文政元(1818)年に故郷に帰るまで、箱館を基地として造船・海運業・漁場経営など
を手がけ、国後島・択捉島の航路や漁場を開発し、函館発展の基礎を築き、
大きな業績を残した。さらにゴロウニン事件という日露国家間の問題を民間の立場
ながら無事解決に導いたことでも有名である。
この像は、文化10(1813)年、ロシア軍艦デイアナ号が捕らえられていた
ゴロウニン船長を引き取るため、箱館に入港した際に立ち会った時の嘉兵衛の姿である。
右手に持つのが松前奉行からの諭書、左手に持つのは艦内で正装に着替えた際に
脱いだ衣装であり、仙台平の袴に白足袋、麻裏草履を用い、帯刀している。」

写真 2

嘉兵衛は文化3(1801)年、箱館の大火で町の大半が焼失したとき、
被災者の救済や復興事業を率先して行い、
市内の井戸掘りや道路の改修、開墾・植林なども自己資金で行うなど、
また、造船所を建設し、腕利きの大工を多数呼び寄せたといいます。

このように函館の歴史を語る上で大変重要な人物のはずなんですが、
正直、嘉兵衛についてはあまり詳しく知りません。
そこで、これを機会に嘉兵衛の生き様を描いた
司馬遼太郎の「菜の花の沖」を読んでみようかと思います。

写真 3

 

 


e_keizu2014年6月9日5:23 PM