道南の史跡・穴場めぐり⑧-「意冨比神社」
道南の史跡や穴場を紹介したいと思います。
今回は「意冨比(おおひ)神社」です。
場所は北斗市本町2丁目8(旧大野町本町)にあります。
北海道最古と言ういわれがある神社で、箱館戦争の舞台にもなった場所です。
この神社には、平安時代の「康平三歳」(1060年)の銘が入った鰐口があり、
その頃の創建だとすると道内最古となるそうです。
しかし明暦2年(1656)に再建された記録は残っていますが創建年代は不明なんだそうです。
道内最古とされる神社は他にもいくつかありますので、いずれ紹介したいと思います。
鰐口とは、Wikipediaによると
仏堂の正面軒先に吊り下げられた仏具の一種で、神社の社殿でも使われるものだそうで、
写真を撮った日は扉が閉じられており、本殿中の様子や鰐口は見ることが出来ませんでした。
正確な創建年代は分からないにしても、1060年というとても古い鰐口があるのですから、
古来から重要な祭祀の場だったんではないでしょうか。
ちなみに日本最古の鰐口は長野県にある長保3年(1001)のものだそうです。
境内には「大野稲荷神社」もあります。
案内板を見ると
意冨比神社境内にある「倉稲魂命(うがのみたまのみこと)」をまつる稲荷神社で、
安政年間(1854~60)に作成された『大野村絵図(北斗市指定文化財)』に、
西鍛冶在所(現南大野)に稲荷と山神を祭る社祠(しゃし)がみられ、
「境内880坪」と記載されている。
意冨比神社の記録によると、明治19年(1886)、境内に稲荷神社を合祀したと
あり、西鍛冶在所から移転したものである。昭和2年(1927)、冨谷千代さんが書
いた綴り方「稲荷祭の日」に余興の様子が詳細に描写されている。
また、昭和18年ごろ、社殿前で写した一枚の集合写真が保存されており、神社
関係者や村の主立った27人の面々が並んでいる。このことからも当時祭礼がかな
り盛大だったことがうかがえる。
e_keizu2015年2月23日8:51 AM